公共事業とまちづくりの関連性に関する考察
(国際地域学研究第4号、2001掲載)
東洋大学国際地域学部教授
小 浪 博 英
1968年に都市計画法が抜本的に改正され、まちづくりの権限が大幅に地方に移譲されてから既に32年が経過した。それまでのまちづくりは内務大臣、建設大臣の言うとおりにやっておきさえすれば良かったのが、今度は地方自ら原案を作らなければならなくなった。しかも、5年ごとに都市計画基礎調査を実施し、まちの動静を科学的に分析する必要性が生じてきた。しかしながら、当時としてはそのようなことを専門とするコンサルタントも十分には育成されてなく、地方自治体にも専門家は育っていなかったため、結局、建設省または経験豊かな大都市の職員、あるいは大学の先生の指導を仰ぎつつ、いわゆる委託調査という形で都市計画の原案を作成する自治体が大半であった。
それから約30年、住民自らまちづくりを考えようという動きが全国に広がったことは刮目に値する。本稿はこのような時代の移り変わりの中で、まちづくりに果たす公共事業の役割を検証しようとするものである。
2 まちづくりの分類と事業の難易度
まちづくりにはその性質により難易度がある。全く同じまちづくりは二つと存在しない。ここではその分類のための軸を提案し、その分類による事業の難易度を検証する。
(1) 市街地熟成度による分類軸
市街地熟成の度合いによる分類軸は、いわゆる「新開発」、「再開発」、その中間の「スプロール地域の再整備」に分けることができる。この分類軸は社会・経済的側面からの事業の難易度を示す指標となる。新開発は山林、丘陵等で人家が殆ど存在しないところで行われる事業である。再開発ははっきりした定義はないが、国勢調査による人口集中地区内またはそれに類似した既成市街地で行われる事業ということができる。従って、スプロール地域とはその中間で、市街化が進行しつつある地域ということができる。
(2) 開発規模による分類軸
開発規模による分類軸は、新開発と再開発とでまちづくりの手法が全く異なるので、それらを一緒に議論することを避けるために必要となる。仮に開発規模を大規模開発、中規模開発、小規模開発とに分けて考えると、公式の定義はないものの環境アセスメントの対象になるかどうか、国の助
成措置の対象になるかどうか、公共施設をどのくらい整備できるかなどを勘案することとなる。一般的には100、50、20、10、5、2、0.5ヘクタールを規模要件の境界にしており、事業の性質によって適宜選択されている。
(3) 用地等取得手法による分類軸
用地等取得手法による分類軸はまちづくり手法の根元ともいうべき分類軸である。つまり、土地所有権等をどのように扱うかにより分類する方法で、「全面買収」、「換地手法」、「権利変換手法」に分類することができる。全面買収は字の通り土地を買収してその上に新しいまちを作るもので、宅地のまま分譲する宅地分譲、戸建て住宅を建てて販売する建て売り、マンション等を建設して建物の床を分譲するマンション分譲、あるいは分譲しないで土地や床を賃貸するものなどがある。換地手法は土地区画整理事業により土地の交換分合をして、公共用地を生み出すとともにまちを作るもので、原則として建物の建設等は土地権利者の裁量である。ただし、近年では町名地番の整理等のための地区整序型区画整理が新たに行われるようになった。権利変換手法は土地所有権、借地権等の権利を建物の床の一部と土地の共有持ち分に変換して、土地利用を高度化し、必要があれば合わせて公共用地を生み出すものである。
また、地区計画を定めておいて、1軒ずつ建て替えるときに計画に合わせて建て替える方法も考えられるが、これは「まちづくり」という一般的概念にあたらないのでここでは除外する。
(4) 開発者による分類軸
まちづくりの事業者は、大きく分けて「公的事業者」と「民間事業者」がある。前者には公共団体そのものである場合と、公団・公社等の公的団体がある。後者は民間企業のほか、組合、個人などがある。公的事業者は政策上重要な事業を行い、民間事業者はそれ以外のまちづくりを行うのが一般的であるが、民間活力の活用という面からすれば、政策上重要な事業であっても、信頼できる民間事業者であれば公的事業者に代わって事業を実施することが求められている。
図1 まちづくりの分類軸
新開発 大規模 全面買収 公的主体
スプロール地域開発 中規模 換地方式 民 間
再開発 小規模 権利変換方式
まちづくりの分類は図1に示す組み合わせとなる。プランナーはこれら組み合わせをイメージしつつ、現実の候補地区の実情に合わせプロジェクトを提案する。これらの選択プロセスにおいてプランナーが検討すべき事項を列挙すると次のようになる。
表1 プランナーの検討事項
@ 地理的立地条件 H 考え得るまちづくりプラン
A 周辺の社会的・自然的条件 I 考え得るまちづくりの規模
B 市街地形成の状況とその歴史 J 考え得る用地取得手法
C 既往まちづくり問題とその経緯 K 事業費の概算額
D 土地価格、床面権利価格の現状と見通し L 期待収益額
E 土地・建物等の権利関係 M 考え得る事業主体
F 関連公共事業の見通し N 環境問題等クリテイカルとなる
G 都市計画法・建築基準法等による法規制 恐れがある事項
の現状と変更の可能性
さて、事業の難易度は権利者の数と理解の度合い、財源の豊かさ、自然条件などによって決まる。従って、通常は規模が大きく市街化の度合いが進んでいるほど困難地区となる。しかし、財源の面ではスプロール地区が最も困難地区となる場合が多い。それは次節以下に述べるが、公共事業がまちづくりのために用意されたものではないからである。難易度は、図1の組み合わせに対し、表1の検討事項を評価することによりその大要を把握することができる。
3 まちづくりと公共事業の関連プロセス
公共事業は、狭義には道路建設、公園建設のように公共団体が公共施設をつくる事業であるということができるが、広義には公共施設の整備を含んで行われる区画整理や市街地再開発で、地方公共団体が施行する事業を含むことができる。しかし、ここでは事業全体をまちづくりとしてとらえ、公共事業とは、その中の狭義の公共事業、つまり「公的団体により予算化された資金を財源とする公共施設整備」に限定することとする。従って、本論では「まちづくり」と「公的団体により予算化された資金を財源とする公共施設整備」の関連性について検討することとなる。
まちづくりと公共事業の関わりを整理してみると次のようになる。
(1) まちづくり先行タイプ
新市街地で行われる一般の小規模宅地開発や都心部での単発的ビルの建て替えなどは、公的団体の予算を使用することなく開発利益を見込んだ民間資金で事業を実施するので、それぞれ新開発と再開発の概念には当てはまるが公共事業とは無縁である。それぞれ、宅地または床の分譲または賃貸で事業資金を賄えるのである。同様に、保留地処分金で事業資金を賄える区画整理および保留床処分金で事業資金を賄える市街地再開発もここでいう公共事業とは関連性がない。これら全体に共通な点は、いずれも開発利益が大きいということである。換言すれば、開発利益の大きなまちづくりは公共事業の恩恵が無くても良いという事ができる。
(2) 公共事業を主目的とするまちづくり
駅前広場の整備、幹線道路の整備、都市公園の整備、河川の整備などの公共事業を行うとき、あわせて周辺市街地を整備できないかということは、当該地区の立地条件にもよるが、常に課題となるところである。検討の結果、当該まちづくりと合わせて公共事業を実施することとなれば、そのまちづくりは公共事業を主目的とするまちづくりであるということができる。このような場合で、公共事業の用地をまちづくりと合わせて生み出すこととなれば、その貢献度に応じて公共事業の財源をまちづくりに振り向けることとなる。これは補助金、公共施設管理者負担金、交付金、地方単独費などの形でまちづくり事業に投入される。
(3) 公共事業を含むことにより成立するまちづくり
まちづくりが先に提案され、事業資金に不足が生じる場合であって、当該まちづくりが防災性の向上、住宅・宅地の供給、商店街の活性化など、政策上重要な事業であれば、まちづくりに合わせて公共事業を起こし、その財源でまちづくりを応援する場合がある。これらのまちづくりは政策上重要ではあるが開発利益が十分見込めない事業であるということができる。また、公共事業とは別に政策実現のための経費として事業そのものに対して補助金が交付されることがある。その支出の方法は(2)と同様に、補助金、公共施設管理者負担金、交付金、地方単独費などの形で投入される。
図2 公共事業が緊急な場合のまちづくりとの関連性
緊急な公共事業の必要性
まちづくりは完了しているか
完了している 完了していない
当該公共事業がまちづくりに影響しないか
影響しない 影響する
まちづくり事業の検討
公共事業の単独実施 公共事業とまちづくりの一体的施実施
緊急なまちづくりの必要性
まちづくり事業の検討
開発利益だけで採算がとれるか 政策上重要な事業であるか
とれる とれない 重要である 重要でない
まちづくりと一体的な公共事業はないか
ない ある
断念
公共事業でまちづくりを支援 政策予算でまちづくりを支援
ま ち づ く り の 実 施
図2,図3に示したとおり、まちづくりと公共事業は常に密接に関連しており、プランナーはこれら公共事業の性質を熟知していないとまちづくりに取り入れることができず、また、公共事業実施者はまちづくりに精通していないと公共事業とまちづくりとの一体的実施が困難となる。
4 まちづくりに対する公共投資の論理
以上でまちづくりと公共事業との関連性については概ね整理できたが、まちづくりに対して公共投資により支援する理論について考察してみる。
公共投資は一般に「国土の保全と公共の福祉の向上」を目的として予算化される。このため国の予算では、次のような費目が設けられている。
表2 国の予算における公共事業の費目(2000年度)
治山治水対策事業費 |
道路整備事業費 |
港湾漁港空港整備事業費 |
住宅市街地対策事業費 |
下水道環境衛生等施設整備費 |
農業農村整備事業費 |
森林保全・都市幹線鉄道等事業費 |
調整費等 |
災害復旧等事業費 |
|
これを見て分かるとおり、いわゆる「まちづくり」は公共事業として独立しているのではなく、表2に示された公共事業費のどれかに含まれて支出されることになる。住宅市街地対策事業費は本来住宅対策から生まれてきた費目であるので、まちづくりを正面から支援するものではないが、その中の従たる費目に市街地整備事業費が設けられ、都市再生土地区画整理事業が実施できることとなった。また、平成12年度補正予算で都市再生事業の採択用件が緩和され、人口集中地区内における区画整理事業の場合に、増加する公共用地に見合った一般会計による補助の道が開かれた。
以上のとおり、現在のまちづくりに対する公共投資の論理としては次の2種類がある。
@ まちづくりにより道路、公園、河川、水路等の公共施設が整備される場合、当該公共施設の重要性、緊急性等を勘案して整備に要する費用の一部または全部を助成する。この場合、あくまでも公共施設の整備が主目的であるので、公共事業を単独で実施する場合の想定費用を助成限度額とする公共事業代替まちづくり論理である。
A 公共用地率が一定水準以下の既成市街地(人口集中地区)について、その再生のための事業に対し公共用地の増加に見合った助成をする。これは公共用地の拡大が政府固定資本形成、防災性の向上等をもたらし、公共の福祉の向上に資すると認められるという論理である。
これらの議論をするためには、まちづくりは本来誰がやるべきかということを明確にしなければならない。我が国においては国、地方公共団体、公団・公社、組合、開発事業者、個人などが入り乱れてまちづくりを進めている。マスタープランにおいて計画の方向性は示されているが、その実現について、どの地区を誰が責任を持って整備するかについて今後検討する必要がある。その中で、まちづくりの支援のための公共投資は如何にあるべきかを議論すべきである。今回、都市計画権限の多くが市町村に移管されたことは、市町村がその中心となってこれらの議論をする必要があると考えられる。
5 おわりに
本来であれば3に述べた分類軸による組み合わせ全てについて、何らかの事業評価手法を導入し、その公共貢献度を推定することによりまちづくりに対する公共助成論を展開すべきであるが、本論ではその入り口だけで止まってしまった。今後引き続き検討していく予定である。
参考文献
参考資料
2)「平成13年度土地区画整理関係予算概算要求概要」建設省都市局区画整理課 2000年8月
The Relation between Urban Development and Public
Works