環日本海観光資源の評価に関する考察

 

環日本海学会第8回学術研究大会

2002.10.26-27  於柏崎

 

東洋大学大学院国際地域学研究科教授

正会員  小 浪 博 英

 

1.はじめに

 観光に関する評価として観光地評価と観光資源評価がある。前者は観光資源評価に加えて、交通の便やホスピタリテイなどを加味した総合的な評価で、後者は観光資源を自然的なものと人文的なものとに分け、それらの集客力を念頭におきながらABC評価をしようとするものである。本論はそのどちらにも属するものではなく、環日本海地域の観光振興にとって、今、何が求められているかという観点から観光資源の評価に関する独自の提案を行おうとするものである。

 

2.観光地評価と観光資源評価の概要

 観光資源評価についてはその分類が問題となるが、香川眞は「現代観光研究」1)の中で次のように分類している。

 

分類その1

      自然資源  山岳、高原、原野、湿原、湖沼、峡谷、滝、河川、海岸、岬、島嶼、

            岩石、洞窟、動物、植物、自然現象

      人文資源1 史跡、社寺、城跡、城郭、庭園、公園、歴史景観、年中行事、碑、像

      人文資源2 橋、近代公園、都市建造物、産業観光施設、動物園、植物園、博物館、美術館、水族館など

 

 

分類その2

      自然的資源のうち天然資源 風景、温泉、動物、植物、野生生物

      自然的資源のうち天然現象 気候、風土、気象、天体現象

      文化的資源 有形文化財、無形文化財、民俗文化財、史跡、名勝、天然記念物、伝統的建造物群、歴史的風土、風             土記の丘、歴史的港湾環境
          社会的資源のうち有形社会資源 都市、都市公園、教育・社会・文化施設

      社会的資源のうち無形社会資源 人情・風俗・民話・行事など、国民性、民族性、衣食住、生活、術・芸道・                       芸能・ スポーツなど

 産業的資源 工場施設、観光農林業、観光牧場、観光漁業、展示施設

     
 

 環日本海地域についてみると、都市観光や観光農林漁業のことを考えると、分類その2の方が適していると思われる。

 

 観光地評価については鈴木忠義・渡辺貴介が「現代観光論」2)の中で、観光調査の9項目を提示している。それらは次の通りである。
@ 観光資源条件 自然資源、人文資源等の種類、数、評価ランクなど
A レクレーション資源条件 地象、気象、温泉、海・湖沼・川の活動水面などの条件
B 開発現況 交通、宿泊、観光・レクレーション、サービス施設の分布、容量、水準など
C 利用・経営現況 入込み客数の推移・月別変動、施設利用率、誘致圏、流動経路など
D 地域社会と産業の現況 人口、生活環境、所得、主要産業、文化、地域住民の意欲と意見、他産業と観光・レクレーションとの関連、共同の可能性など
E 法的規制 自然公園法、都市計画法、文化財保護法、鳥獣保護区、保安林、鉱区など
F 市場 位置、人口、所得、観光発生力
G 到達条件 国土幹線網などからの接近性
H 周辺観光地 競合、補完など
 

 これらは観光計画を念頭において作成されたもので、観光地評価のために提示されたものではないが、Eの法的規制に出入国管理等を、Gの到達条件に空港や港湾を付加すれば、そのまま環日本海地域の観光地評価に利用できそうである。

 
 筑波大学の杉本香絵・古屋秀樹は「デプスインタビューによる観光地再訪意向に関する分析」3)の中で、観光体験の満足度と未体験部分の次回への期待が再訪問の原動力となり、特に家族旅行の場合は「もう一度あの体験をしたい」ということが再訪問のための重要な要素になるとしている。環日本海地域を考えるとき、物理的距離が比較的近いことと考え合わせてリピーター獲得のための戦略が重要になると考えられる。
 3.環日本海地域の特質

 環日本海地域を図上で眺めると、日本海の南半分を朝鮮半島と日本列島が取り囲み、ここに約2億人が生活している。北側の蓋の位置に中国北東部とロシア東南部がある。このスケールで眺めると、必ずしも沿海地域だけの問題ではなく、東京、ハバロフスク、長春、平壌、ソウルなどの内陸部も含めて考えなければならないことに気がつく。それは、日本海があまりにも広く、東西南北約1000kmの間に島ひとつ無いからである。多分、大陸からみれば、新潟へ行くのも東京に行くのも、殆ど同じに映るであろうし、日本からみれば、ウラジオストックに行くのもハバロフスクに行くのもさほど違わないように感じてしまう。      

 第2に、この地域は古くから文化的交流があった地域であり、日本列島各地に大陸の足跡が、また、大陸側各地に日本の足跡が残されている。それらは複雑な政治的背景の裏に隠れてしまっているが、渤海国をはじめ何れ明らかになってくることが期待される。
 第3に、比較的近距離の割には、宗教、人種、言語、食文化等が多種多様であることである。共通語は英語しか考えられず、共通の食物は魚であろう。これは換言すれば、何処を訪ねても非日常性を味わうことができるということである。
 第4に、これだけ狭い範囲に九州の温暖な気候からシベリアの極寒な気候まで、多くの気候帯が存在することである。これは、通年観光を可能とすることを示唆している。

 第5に、日本海という天然の交通路が存在することである。日本海が広いので船舶の高速性が要求されるが、テクノスーパーライナーなどの高速船が出現しているので、時間は克服できるものと考えられる。

 

 
4.環日本海観光資源の評価
 以上述べてきたことにより、環日本海観光資源の評価は必ずしも従来の評価と同じで良いということにはならない。それは自ずと前節で述べた環日本海地域の特質を受けたものでなければならないからである。
 先ず、朝鮮半島と日本列島の2億人に焦点を当てる必要がある。この2億人は所得が高く、何も環日本海でなくとも世界中旅行できる人達である。前節の第2で述べた歴史的観光資源が未だ整備されていないことから、当面、食を含む異文化、自然、日本海クルーズなどしか活用できない。日韓の間においては買い物なども考えられる。九州で避寒をしたり、シベリアで避暑をしたりするようなことは考えられないだろうか。日本人にとってはソウルで買い物をして、長春で中国料理を味わうなどは魅力的かもしれない。
 次に環日本海拠点都市を考えてみる。稚内、小樽から博多、唐津まで拠点都市はそれぞれに魅力を持ってはいるが、果たして外国人にとってどうであろうか。先ずは東京または世界遺産になっている国内観光地と回遊できることが必要なのではないだろうか。資料的裏付けはないが、初めて訪日する観光客は少なくとも追加的費用を払って、環日本海の拠点都市を目的地に設定することは無いと考えられる。交通機関との連携のもと、極力追加的費用を少なくして、主たる目的地のついでに拠点都市に寄ってもらうか、あるいは国際会議、ワールドサッカーのような特別のイベントで来てもらうしか方法はない。
 第3に日本海の活用である。1〜2日の船上生活を目的として、付加的にロシア料理や中国料理を味わうようなクルーズは可能かもしれない。また、そこに環日本海の異文化交流がなされれば魅力的であろうし、洋上国際会議も可能かもしれない。海・空の連携が必要となろう。

 以上を踏まえて第2節の資源分類を環日本海地域に当てはめてみると次のようになる。

 

 

自然的資源のうち天然資源

全ての地域に存在、特に富士山、バイカル湖など

自然的資源のうち天然現象

シベリア、北海道、南九州、日本海など

文化的資源

全ての地域に存在、特に奈良、京都など

社会的資源のうち有形社会資源

東京、大阪、ソウルなどに偏在、地方都市の発掘を要す

社会的資源のうち無形社会資源

地方都市に多く存在

産業的資源

観光資源となるほどのものはない

 

 

続いて、評価軸の観点から見てみると次のようになる。

 
 
 

観光資源条件

日本、韓国以外の地域での遅れが目立つ

レクレーション資源条件

日本海など全体的に活用されていない

開発現況

欧米・東南アジアと比べて、料金、サービスレベルなど極悪と言わざるを得ない

利用・経営現況

日韓以外は施設そのものの整備の遅れのため論外

地域社会と産業の現況

日韓では地域住民の協働の芽が出つつある

法的規制

ビザ免除など改善の余地が大

市場

日韓には大きな潜在需要がある

到達条件

陸・海・空の連携が全くできていない

周辺観光地

連絡陸上交通網の整備と費用の低減を要す

 

 

リピーターに関しては、その必要性はわかるが、上述のような状況下では、東京、ソウルなど一部の地域を除きリピーターが期待できるような状況にはない。少なくとも家族で行こうと思う環日本海地域は札幌・小樽、金沢などを除き極めて限られていると言わざるを得ない。

 

 
4.おわりに

 環日本海観光資源は、日本海、シベリア、渤海国など未利用の資源が多く、また、各国の政治姿勢に影響され、心開いた観光をするという状況に至っていないと認識される。観光交流こそが恒久平和達成への近道であることを考えるとき、環日本海地域は未だ夜明けを迎えていないと言うことができる。政府、旅行業界、ホテル業界、交通事業者、住民が一体となって緊急に取り組むべき課題であると考えられる。我が国においてはとりあえずオフシーズンの空室や、オフピーク時の新幹線・航空の空席を利用した格安パックを外国人向けに用意する必要がある。もちろん、併せて日本人観光客も環日本海拠点都市を訪ねてくれるように誘導することが必要である。

 

 
 
参考文献
1)香川眞編「現代観光研究」嵯峨野書院 1996
2)鈴木忠義編「現代観光論」有斐閣 1996
3)http://toshisv.sk.tsukuba.ac.jp/Thesis/H13_2001/
  発表者:杉本香絵 指導:古屋秀樹
  「デプスインタビューによる観光地再訪意向に関する分析」