2003 4. まちづくりの動機と阻害要因/全国建設研修センター研修テキスト 2003.5.30

まちづくりの動機と阻害要因

(全国建設研修センター・都市計画一般研修)

東洋大学国際地域学部教授

小浪博英

hiro@konamike.net http://konamike.net/hiro/

(本稿は平成11年11月に熊本大学で開催された、土木学会土木計画学研究会において発表した

「都市開発の阻害要因に関する考察」に手を加えて、全国建設研修センターの研修テキストとしたものです。)

1.              まちづくりの動機

まちづくりの動機は千差万別であろうが、大きく分けると、

① 公共サイドの啓蒙

② 周辺の市街化

③ 既存市街地の衰退または環境の悪化

④ 農業継続意欲の減退、相続等に起因する土地の処分

⑤ 宅地販売による利益を期待

⑥ 地震、火災、洪水等の災害復旧

⑦ 道路または鉄道の新設

⑧ 上位官庁からの指導

などが考えられる。しかし、我が国では不動産保有意欲が強いことと、1980年代末まで続いた、未整備市街地も含む一貫した地価の値上がり、健全なまちづくりに対する国民の理解の不足などにより、必ずしもまちづくりが国民の常識にはなっていない。また、まちづくりの公的財源も道路や河川の管理者負担金又は補助金が中心で、まちづくりそのものに対する財政支援は無いに等しい。開発利益を吸収することによりまちづくりができるという思想である。そのため、米沢市、前橋市、群馬県大泉町、蕨市、名古屋市など大々的に区画整理を実施してまちを整備している地域と、区画整理は土地のただ取りだからという理由で未だに区画整理未経験の自治体とが混在している。将来必要となるであろう市街地の総面積百数十万ヘクタールに対し、面的整備済市街地はその3分の1程度である。今後においては少子化に伴う宅地需要の減退により、開発利益をもって宅地の整備費用に当てるという従来の方式は見直しを迫られることが必至となってきた。つまり、利益を追求するまちづくりの動機から、安全、安心、美しさ等を期待するまちづくりに代わってくると思われる。当然、利益に代わって多少の負担は止むを得ないという情況になってくるであろう。従って、利益誘導型のまちづくりから、自己満足型のまちづくりに変わってくると考えられる。同時に、公的誘導型から地元先導型に変わる可能性もある。古くはお上の仕事であったまちづくりがいよいよ市民の手に入ってくるのである。

大局的には少子化に伴い我が国総人口の減少が予測される現今ではあるが、人口の移動、居住地または事業所環境の改善への要求等に伴い、新市街地とは限らないが、都市開発そのものの重要性が薄れるということは考えられない。例えば、高齢化に伴う居住形態の変化が子供との同居を志向する場合は、相当規模の新たな宅地需要を生み出すものと考えられ、事業所にしても、少子化に伴い新たな人材確保が困難となった場合、その事業所環境を改善することは人材確保の一助となる。これも新たな宅地需要の要因となる。また、一人っ子同志が親の財産を受け継ぐ場合、両家の資産の質にもよるが、これらを原資として新たな宅地を求めることは十分考えられる。特に大都市を中心として宅地需要は根強いものがあり、一方で過去のスプロール地帯のように資産価値の激減している地域もあることから、再開発を含むまちづくりに対する需要は今後とも大きいと考えられる。

以上述べてきた新たな局面をまとめてみると次のようになる。

① 高齢化に伴うバリアフリーへの志向

② 一人っ子同士の結婚による親の財産の相続と高齢者同居住宅への買い換え

③ 中心市街地の衰退に伴う再開発

④ いわゆる文化住宅群などにおける空き家の増加

⑤ 戦中(モーレツ)世代の消滅に伴う生活環境への要求の変化

まちづくりの動機が戦後一貫して続いてきた利益追求型から、機能と環境を求める生活満足型に移っていくことは必定であり、まちづくりそのものが大きな転換点を迎えているといえる。それだけに、居住者や土地所有者の責任が大きくなってきた一方では、公的部門やデイベロッパーの適切な誘導が必要であり、都市計画家という専門家集団に対する期待が高まってきたということができよう。

2 まちづくりの阻害要因

 都市開発の阻害要因は、(1)許認可等の制度によるもの、(2)採算等の経済条件によるもの、(3)環境問題によるもの、(4)開発手法や税制等が周知されていない、または、誤解されていることなど知識の不足によるもの、(5)土地価格の急激な上昇または下降に伴う計画的開発意欲の減退等の社会的要因によるもの、(6)地域におけるコミュニテイの未形成、人間関係のこじれ等、人間関係によるもの、(7)地権者の税金対策や家族の健康状態等、個人的要因によるものに分類できる。(制度と採算性は、阻害要因と呼ぶのは適当でないかもしれないが、ここでは開発者の立場に立ち、あえて阻害要因とした。)

ここで、全日本土地区画整理士会から出版された「区画整理300の質問に答える」に掲載されている質問項目を上記7分類に当てはめてみると、制度に関する知識不足に答えるものがほぼ全てで、そのほかは、環境問題、コミュニテイ問題のほか、地権者負担金、税金対策、農業継続、生活保護に関する個人的問題に答えるものが合計16問あるのみである。他の問答集についても同様のことがいえる。これは、出版物が主として行政あるいは開発者対地権者という想定で編集されていることにもよるが、上記(5)、(6)、(7)に対応する、いわゆる地権者対応に関する部分が手薄であることを示している。

次に、平成9年6月9日に行われた第52回都市計画中央審議会答申から、都市整備の方向として取り上げられている主要点を整理すると次のようになる。

① 「量的拡大型」の都市整備から、既成市街地のストックを活用した住宅・社会資本の再充

  実を中心とする「質的充実型」の都市整備に施策の重点を移行する。

②       新しい活力と生きがいを生み出す社会を創造する。

③       行政と住民の協同と役割分担を明確にしつつ、まちづくりを実現する。

④       都市や地域の将来ビジョンを住民参加の下で明らかにする。

⑤ 地方分権型の支援を行う。

⑥       大都市圏は安全性や環境の改善を進めつつ中核型の地域構造に、地方都市圏は地方中枢・中核都市を拠点都市として育成する。

⑦       アーバンデザインの導入、環境・エネルギー対策等の新技術の開発・導入を進める。

これらの項目は、①、⑥、⑦のように、まちづくりの基本的方向に関するもの、②、③、④のように、住民と深くかかわりつつ進めるべきもの、および、⑤のように今後の中央政府の姿勢に注文をつけたものとに分けられる。また、前述の分類との関係を整理すると、制度に関する部分は①~⑦の全体で対応すべきであるので除外して、採算等の経済条件は①、⑥、⑦に、環境問題は⑦に、住民の啓蒙と社会的要因については②、③、④に深く関係してくるが、人間関係と個人的要因については何ら記述はない。強いていうならば、人間関係と個人的要因は、その内容が複雑・多岐にわたり、開発者の個別の対応によらざるを得ない部分が多く、審議会での議論になりにくかったものと考えられる。

従って、今後の都市開発を円滑に進めるためには、行政側は制度の改善、経済的支援、環境問題への対応、制度等に関する住民の啓蒙、まちづくり等を議論する場としてのコミュニテイの形成を重点的に進めるべきであり、一方、開発者側は複雑な人間関係の中で円滑に合意形成を進めるためのノウハウを行政とともに究明する必要がある。それらの具体的方策について次に述べる。

3 阻害要因軽減の方策

(1)      制度的要因

制度に属するものとしては、計画・許認可等の法制度、開発指導要綱等の条例、これらに関連する各種基準、通達、規則等がある。これらにより開発事業の断念、あるいは遅延をきたすもののうち、事業採算と環境問題に関するものについては後述するので、ここでは除いて整理すると次のようになる。

a)       行政手続きに関するもの

  行政手続きに関する事業の断念または遅延の事例としては、手続きそのものが複雑かつ多機関にわたり、あるいは要求される資料が膨大であるため長時間を必要とする場合がある。その例は、各種都市計画との調整、大規模店舗の立地に関する調整(法改正後も交通などの調整が残されている)、区画整理を行う場合の農林業との調整、臨港地区における港湾計画と都市計画の調整、事業予定地に国・公有地を含む場合の土地の処理に関する調整、埋蔵文化財包蔵地における文化財調査等がある。これらについて取り組み方を間違えると、事業規模の縮小あるいは断念をせざるを得ない情況に追い込まれる場合がある。

 これらの負荷を軽減するためには、制度の改廃、チェック項目の削減、権限の委譲、行政窓口の一本化、判断基準の公表・明確化、審査・調査期間の短縮が必要とされる。これらは現在行政改革の一環として各方面で検討されているので、その結果に期待することとなる。

b)      基準等に関するもの

 基準等に関する事業の断念または遅延の事例としては、雨水流出の増加に伴う調節池の設置、地域森林計画地域における樹林地の確保等に関する開発主体と行政側との調整等がある。これらは行政側に基準が設けてあり、それに沿って準備を進めれば良いのであるが、必ずしも円滑に進まない場合を次に列挙する。

・基準が公開されていない、いわゆる内規である場合

・基準が不明瞭な文章表現である場合

・基準に適用地域の別があり、その適用地域が公表されていない場合

・基準がケース別になっており、そのケース別の判断が不明瞭な場合

・基準の表現自体が難解である場合

 これらの場合は直接担当者の意見を求めることとなるが、その担当者が転勤してしまったために、一からやり直しになる場合が発生する。このような事態の発生を防ぐための方策として、次のような方法が考えられる。

・基準を公開し、難解なものについては解説書を用意する。

・適用地域別の規定がある場合は、適用地域を明示する。

・人事異動がある場合は、議論が継続されるように双方に記録を残しておく。

・窓口の一本化は行政改革とも絡むが、関係部局同志で申し合わせをしておいてもらうことと、

市民の立場からは、窓口自体が分からない場合もあるので、別途窓口課を設置する方法もある。

もっとも、窓口の職員を教育しておかないと効果はあがらないが。

(2)経済的要因

経済的要因はまさしく事業の採算であり、地域にとって必要な事業をいかに助成するかということになる。換言すれば、地域にとっての必要性をいかに評価し、それを行政に反映させるかということになる。現在は、主として都市計画の手段に委ねられており、都市計画施設の整備、再開発に関する都市計画の実現等に対し、予算の範囲内で助成がなされている。

都市計画の実現をひとつの尺度とする考え方は説得性があるが、予算の範囲内でということになると、行政の姿勢の違いで地域ごとに大きな差異を生ずることとなる。例えば、組合区画整理に対し、都道府県独自の助成を行っているところがある一方で、全く助成する姿勢を見せないところもある。

開発者の採算計算を容易にするための方策は次のように考えられる。

・かって東京都が向こう10年以内に実現すべき都市計画を選定して公表したように、全ての都

市計画について実現の急がれるものを指定し、その実現を図る開発事業については全額助成す

る制度を設ける。

・PFI (Private Finance Initiative)の導入を積極的に図る。

・プロジェクトについて地域への貢献度を評価する手法を開発し、貢献度に応じて税・財政上の

 助成を行う。

(3)  環境問題に関する要因

環境問題については典型7公害に関するものと、貴重な動植物の保全に関するものとに分けられる。前者については環境基準が整備されており、また、公害防止技術の進歩により、問題は徐々に解決される方向であると考えられるが、環境影響評価法の施行を控え、スコーピングとスクリーニングにおいて若干の混乱を招く恐れがある。スコーピングとスクリーニングについて、その判断基準を明確にすることが要求される。

後者については、河口堰における魚の遡上の問題、愛知万博会場などにおけるオオタカの問題など、必ずしも判断基準が明確ではなく、更なる研究が必要とされている。しかし、知見の及ばない場合にどうするか。開発を止めさせてしまうのかという問題について当面の方針を決めておく必要がある。

例えば、何処が分からないのかを明確にし、当該事業を実施する中で部分的にせよ知見を得ることができるならば、その事業をモデル的に実施させるのもひとつの解決方法である。これをしないで、事業の中止ばかりを求めていては、いつになっても知見の集積ができない。

(4)  知識の不足に関する要因

住民の知識の不足については、開発者、行政側双方の取り組みが必要となる。また、重要なことは、住民サイドに勉強する意思がないところに啓蒙をしようとしても、その効果には疑問がある。つまり、住民サイドにいかに勉強する意思を持たせるかが課題であり、これは日頃からの住民意識の高揚がなければできないことである。

多くの場合、知識不足により開発の意義が理解できない場合、住民サイドは現状維持を求めてくる。伊豆大島の元町において火災復興土地区画整理事業を提案した場合は、模型により復興後の市街地を見てもらうことが住民理解の向上に有用であった。また、高松港頭地区においては鳥瞰図が住民の理解を深めることに役立った。

このように、知識不足に対応するためには次のような対策が考えられる。

・日頃から地域の将来を考えるような集会を定期的に開いておき、住民意識の高揚を図る。

・住民との勉強会においては、なるべくビジュアルなものを活用し、直感的な理解を促進させる。

・土地区画整理事業や市街地再開発事業は、事業開始に至るまでの熟成期間が長く、また、タイ

ミングを外してしまうと住民の意識も変化しがちであるので、補助採択等において常時採択の

道を開いておく。補助事業の採択が契機となり住民の勉強会が形成されることが期待できる。

タイミングを間違うと全く逆の効果になることを忘れてはならない。

(5)社会的要因

社会的阻害要因は社会全体の動きと開発者の将来予測によるところが大きいので、これを軽減させる方策は少ない。強いていえば次のような方策が考えられる。

・公共事業はその事業期間を5年程度とすることが一般に定着しており、また、民間事業についても短期間で利益の見込める事業に指向する傾向がある。しかし、事業期間が短いほど景気変動の影響を強く受けるので、公的事業にあっては長期間にわたる大規模ニュータウン開発、大規模土地区画整理事業等を再評価するとともに、民間事業にあっては、大規模事業についての日本開発銀行による低利融資等を充実させる。

(6)人間関係による要因

人間関係による阻害要因の除去は開発者の努力に期待するしかない。開発者が不用意に地元に入ったことによる、本家のプライドに基づく分家との意見対立、賛成派の方に先に説明したことによる反対派の意固地な抵抗の発生等、その多くは開発者のノウハウによる解決が求められる。しかし、これらについても日頃から地元のリーダーがしっかり育っていれば、リーダーを通じて説得することによりかなりスムーズに運ぶことが多く、そのための方策として次のようなことが考えられる。

・地区別にタウンマネージャーを育成し、必要に応じて行政側から指名しておくとともに、日頃からタウンマネージャーを通じてまちづくり情報を提供しておく。

・コンサルタントがタウンマネージャーに代わることもあるので、不用意にコンサルタントを変えたりしない。

・地元の人的関係を十分に理解しておく。

(7)個人的要因

地権者の税金対策や家族の健康状態などにより本音は賛成でも、表向き賛成といえない場合がある。このような理由はなかなか聞き出せないので、日頃からの信頼関係の醸成が大切である。

4 まとめ

まちづくりは大きく変わろうとしている。利益追求から顧客満足という世の中全体の動きとも連動している。少なくともお上の権威ではなく、住民の発意でまちづくりをすることが大切になってきた。戦中世代から戦後世代への世代変わりにあたり、子供達に良質な資産を残すべき時期となった。高度成長、オイルショック、環境問題、地価の下落等を通じ、市民も昔よりは経験を豊かにしている。問題は公的部門である。もしかすると今なお公的部門と大企業だけが旧態依然とした体質を温存しているのではないだろうか。その一方で公的部門は民間との接触を厳しく禁じられ、必要な情報もないままに権威だけを振りかざそうとしているとしたら、それは大きな間違いである。

役所にとっては予算面で一層厳しさが増すものと思われるが、今必要なことは人材の育成である。従来のような定期異動では人材は育たない。万が一、決まり切ったエスカレーターコースがあったり、ゴマスリが横行するとすれば、一部の職員の出世欲が高揚するだけであろう。今後においては適材を適所に配置し、5年でも10年でも同一部署で一段落するまで努力をさせて、論功行賞的人事をすべきであろう。

以上